いつもご訪問ありがとうございます。

全力教室の古川でございます。


お客様からお勧めの本をお貸しいただきました。

普段はミステリーを選択することが多いのですが、お客様が自分を想ってお勧めしていただける以上に嬉しく感じる瞬間はなく、ミステリー以上の高揚感を持って、読み始めることが出来ます。

いつもありがとうございます。


結婚をするにあたって、子爵の位を冠する人間は、政府の許可が必要な時代。

位を捨ててまで米国人と結婚された、実話に基づいたヴォーリズ満喜子夫人のお話しです。

前知識の一切ない状態で完読いたしましたが、今年で一番私の胸に響いた作品となりました。

読み終えるのが勿体無くて、悲しみを覚えたほどです。

ヴォーリズ満喜子夫人を一言で言い表すのならば、生き方が美しい。

これほどまでに美しく生きれる人が、同じ人間であったことに感動いたしております。


一夫多妻制。

当時はまだまだ常識的に残っていた慣習であります。

元大名であり子爵の位を持つ男性は、お家の血筋を残すという、大変重き役目があったそうです。

男児が生まれなければ、血が途切れる。

その重圧たるや、私には計り知れません…。


と、いい子ちゃんな前置きはいいとして、一つ屋根の下で、第2、第3夫人とその子等と共に生活するのですよね。

それを法律が認めていたのですよね。

何たる悪法か。

男性当人のご苦労は、私程度では想像もつかない程の重責があるのだと思いますが、一言おぞましいです。


これほど女性と子供を傷付ける、心無い環境がありますでしょうか?

恋愛や愛情が説かれることのなかった時代であったのかも知れませんが、時代の歪さに驚愕します。


私は恋愛感情を素直に表現しますし、料理も得意です。

時たま言われます。

今の男性は、時代が変わって宜しいですね~。

いえ、どの時代に生まれていましても、私は今と同じ言葉を発しますし、台所にも立ちますよ。

固定観念を押し付けられることは大嫌い。

その時代でも、この悪法に歪さを感じ、自分で考え、一人の女性を愛しきった日本人男性はいたはずです。

お家柄、子孫を残すために妾がいた位の高い人はおられても、妻と心が一つの日本人は居たでしょう。


その法律に立ち向かったのが、主人公の母親です。

痛みを受けるのはいつも女・子供のみ。

性別ではなく、一人の人間として生きたい。

死に装束を纏い、一夫一妻制を日本人で初めて政府に嘆願した人と書かれていました。

一人の女性が一人の男性と愛し合って生きていく。

これだけの言葉を発するのに、命を懸けなければいけない時代でありました。


私、母親が強い家庭で育ちましたので、男尊女卑の感覚が元からありません。

まれに女性を軽視しているな~と感じる発言をする男性を見掛けますが、軽蔑します。

何なんでしょうね、女は~とか言う人は。

性別の違いで尊重する部分はあっても、見下す理由にするなど言語道断。

人は性別や生きた年数ではなく、何を成したかであると考えています。

そこに男女など更々関係ございません。


人を愛するということは、相手を尊敬するということです。

尊敬の念を持たず人と接する人は、私の周りにはおりません。

そのような発言を眼前で聞きましたら、どこぞの大社長相手でも、黙っておりませんがね。


満喜子夫人のお母様は、ただただその事を伝えたかったのだと想像しております。

その時の情景を鮮明に想像するだけで、心が軋みそうなほどに痛みます。

辛かったでしょうに。

そのような先人の功績で、私たちは当たり前のように、愛しているよと言葉を交わせているのですね。

ただただ有り難いです。


大阪で企業家として大活躍をした、満喜子夫人が第二の母と仰ぐことになった女性のお話しも、胸に響くものがたくさんありました。

●世の中に一人でも自分を正しく見る人があれば、人は自信をうしなうことはない。

私自身、今までたくさんの誤解を受けて生きてきた自負があります。

それは全く誇れるものではございませんよ(笑)

そのような私にでも、大丈夫と言って下さる、信じて付いていきますと言って下さる方が、何名か居られるのです。

今の事業、自分ひとりでは続けて居れませんでした。

分母は狭くとも、ほんとうの理解者が居れば、私はどこまでも突き進むことが出来ます。

誰も登ったことのない、険しい山を登ろうとした時、他人は無理だと言います。

出来ない理由を押し付けてきます。

しかし、登った者にしか見えない、一生物として残る頂からの絶景がそこにはある。

人生一回きり。

登らずして終えるなど出来ましょうか。


私は誰しもに出来ない、無理だと言われた道を選択しています。

そして、必ず納得のいく結果を出し、頂からの絶景を見てきました。

無理だと言われたから、それが悔しくて登るんです。

必ず登ります。

出来るか出来ないかではなく、やる、のです。


男女の根幹に関わるような、ヴォーリズご夫妻の深い恋愛感が、著者の後半には度々登場いたします。

私の胸を打つ言葉がたくさん出てきました。

●どれだけ多くの人に会っても、またそれらの人々がメレルを囲んで満喜子から遠く連れ去っても、夜にはこうして二人だけの安らぎ眠る時間が訪れる。

彼の全てを独占することは出来ないが、二人で眠るこの時間だけは、確実に満喜子のものだ。

人の為になる仕事をしたい。

この気持ちはぶれず、日に日に増すのみです。

常に全力で最高の仕事がしたい。

この気持ちも増すのみです。


そのような心持ちで仕事をしていれば、激しく疲労を感じる日もあります。

眠る間際だけでも、そのような存在の女性が居れば、幾分救われるのだろうかと感じる瞬間があります。

ヴォーリズご夫妻にとっては、どれほどに豊かな時間だったのでしょうか。

幸せとは、このような時間を過ごすことなのではないかと感じております。


満喜子夫人の旧友からの一言も、私の胸に響きました。

●人が考えやっていくことにはこれが決定打でありこれしかないというオンリー・ワンは存在しないものです。

子供のよりよき教育のため、という目的地さえ決まっているなら、登山者にとって、そこへ辿り着く道はいくつあってもいいのではありませんか。


他人と比べてどうなのか。

自分だけが得をしたいのだ。

このように考えていると、登山者(お客様)は、目的地に辿り着くことが出来ないかも知れません。


私は体験にお越しになられた方が、スポーツジムのマシントレーニングが向いていると感じましたら、迷わずそちらをお勧めいたします。

2~3ヶ月のお付き合いで発生する小銭を稼ぐために日々邁進している訳ではございませんし、

向いていないにも関わらず当施設を勧め、嘘を付くと信用を失うと考えているからです。

信用とは、十万円程度では取り戻せないほど貴重なものであり、責任なのです。

結局スポーツジムで身体作りに成功されましたら、私が誠実に真実を伝える人間だと結果に残りますし、

その信用が新たな顧客を生むのではないかと考えております。


人の為になる仕事をし、大阪の礎を支える力になるのだ。

この目的地に向かっていければ、手法は何でも構いませんし、実際私は生活に困窮しておりません。

質素でも普通に暮らせていければ充分です。

行いたいことは、社会を通して自身の理念を伝え続けることです。


満喜子夫人が大阪の母から言われた「負けんとき」

勝てなくても、負けない。

絶対に負けない。

諦めない。

想像を絶するほどの試練が訪れ、また、乗り越えてきた満喜子夫人を、大きく支えた言葉です。

私自身も地道に地道を重ね、我慢の時間が長いです。

しかし、撒いた種は必ず芽吹くと信じ、負けんときと、念じます。

多大な功績を残し、美しさの極地のような生き方をなされた満喜子夫人を、心から尊敬致します。


最後までお付き合いありがとうございました。